今田さんは随分、民主党に対する期待が大きいようですね。 私もあなたが言うようなことになれば、民主党に期待できるのですが。
ただ、外国人参政権に関して、それを躍起になって通そうとしている連中は与党、野党問わず、思うところこれ皆同じであるという点です。 ここを勘違いしてはいけないのではないでしょうか。
民主党になったからと言って、この在日韓国人と在日朝鮮人の闇にメスを入れることはできないのではないでしょうか。 自民党だから手をつけられなかったのではなく、誰も手をつけられないからではないですか。 それが何故かは今田さんも十分御存知でしょう。
私は白議員が在日への帰化を促すとは到底思えません。 彼が当選直後に 「 200万人の在日へ投票権を与えよう 」 と大規模な集会を開いたり、彼の竹島への見解を知っているのなら、はたして本当にそう思えますか。
そもそも彼は日本国籍を得て議員選挙に出る際、民潭のHPに 「 日本人と同化することはない。」 と言っております。 国会議員は日本人の代表であり、日本のために仕事をしなければならないでしょう。
在日特権は次々と明るみに出ています。 先ほど、小平市で掛け金を払っていない在日へ年金を支給するという恐ろしい決定がなされました。 在日へ選挙権を与えれば次々とこのような愚かな決定がされていくのは間違いないと断言します。
在日は何故帰化しないのか。 帰化すればすぐ済む問題でしょう。 何世にも渡って日本で暮らしているなら、何故帰化しないのか。
彼等は特権を維持したまま、日本人と同等の権利を得ようとしている。 正に特権階級の誕生であります。 その後、一体何が起きるのか。 我々、日本人は一体どうなってしまうのか、とてつもない恐怖に襲われます。
日本には今、様々な外国人が暮らしています。 そのような状況で何故、在日韓国人と朝鮮人が優遇されるのでしょうか。 彼等は他の在日外国人を差別していませんか。
外国人参政権における最大の障害は、在日韓国人、在日朝鮮人にあります。 それは彼等に選挙権を与えてしまうのは危険だからです。
この問題は最早、与党、野党がどうこうと言っていられないほど危険な問題なのです。 自民党内にも断固反対している議員もいます。 しかし福田政権下、風向きが悪いのは事実です。
民主党は鳩山幹事長が韓国へ赴き、「 在日韓国人へは参政権を与えなければならない。」 と発言しました。 これは一体どういうことでしょうか。 彼はどこの国の議員なのでしょうか。
外国人参政権と人権擁護法案のセットは日本を、日本人を破滅させる最悪の法案だと言うことを日本人はしっかりと認識すべきです。 そして敵は所構わず存在しているということも認識するべきでしょう。
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- 2007/12/07(金) 15:30:54|
- 外国人参政権
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東国原知事 発言を釈明 「徴兵制あってしかるべきだ」→農業体験させる「徴農制」を 2007/11/30付 西日本新聞
の2本の記事を収納しておきました。ま、共同通信さんと、西日本新聞さん、社会性、公共性の高い記事だとおもうので、お目こぼしください。
実は、そのまんま東さんというと、ボスが極道から足をあらうきっかけになった最初の本の企画にたずさわった画家の山本集さんと縁があって、その孫縁というのが当方のボスにもあるわけです。
ところで、山本集さんですが、膀胱癌がみつかって、つい先日、手術したわけです。昨日、ボスと一緒にお見舞いにいってきました、手術は成功におわって、まだ、麻酔がきれていないのか、「ボーッ」としてましたが、元気のようです。
だいたい、当方のボスもそうですけど、どうも最近、ボスの周辺では「癌」が多いわけです。癌に関しては、先輩格にあたるボスでして、「問題は、簡単に死ねない最近の癌事情」などについて、山本集さんとお話したのですが、膀胱癌になられた山本集さんの一番の心配事が「手術やってもいいが、その後、おちんちんは使えるか?」という深刻なものでした。
通常ですと、膀胱を摘出しますと、あっちはつかえなくなることが多いのですが、「それなら、このまま手術せんで死ぬ」(山本氏談)ということで、これには、実はボスも激しく同意したのです。ところが、最近は「人工膀胱」という方法もあって、「あっちも心配ない」ということがわかり、ボスと山本集さんは、手をとりあって喜んで、手術をうけることになったのです。でないと、手術せずに死ぬんだそうです。どこか、この人達はおかしいとおもうのですが、ま、両者とも癌持ちですから、私があれこれいえません。
問題の、そのまんま東さんなんですが、例の不祥事をおこして、芸能界からボイコットされたというか、自粛していたときに、奈良県にある山本画伯のアトリエで修行したわけです。ここには、芸能界だけでなくて、あちこちの人が、不祥事をおこして、反省して、再起するために山本さんのところで修行するということで、いろいろな人がきたのです。山本さんの修行というのは、シンプルで、いってみれば、「懲役にいったか、徴兵にいったかのつもりになれ」ということで、礼儀作法見習いを徹底するわけです。起床から、その一日の行動、就寝まで徹底的に規則正しい生活を送ります。すこしでも、乱れると、殴られます。蹴られます。ボコボコにされます。
この生活のなかで、山本集さんが、ひとつだけそのまんま東さんに、課題をあたえました。山本さんのアトリエからあるいて1時間ぐらいのところに、忘れ去れたかのような小さなお地蔵さんがあります。
「毎日、そのお地蔵さんにかよって、掃除して、そのお地蔵さんの前で黙祷して、1時間でも2時間でも、そのお地蔵さんと話をしてくる」
ま、自問自答するわけです。
これが、毎日です。あとは、規則正しい生活、掃除、炊事、洗濯をするわけです。そのまんま東さんは、この生活を、3ヶ月間おくられたそうです。90日間、お地蔵さんと自問自答されたわけです。
これ、すごいですね。
あとは、山本さんが、「どうや?」って聞くと、「また、頑張れます」とそのまんま東さんはいわれたそうで、それで修行は修了というわけです。
あと、なにもいらん、能書きやら、説教やら、訓辞をたれたわけじゃありません。
名も知らぬ、忘れ去れたかのようなお地蔵さんと、90日間会話する。
それだけです。
こうしたことをしっているうちのボスは、東国原英夫知事の「徴兵制」発言に関して、なにかおもうことがあったようです。
うちの遠藤顧問に電話しています。
「なにかいい文献はないか?」
遠藤顧問、
「なるほど、徴兵制か・・・。これは納税とおなじで民主主義の基本原理なんだよな。欧州では徴兵を拒否してもいい、そのかわり、その徴兵期間は、ボランティア活動に従事するとか、そういうのもあるしな」
ということです。
そして、遠藤顧問から入門編としての一冊の本が届きました。
森口 朗『戦後教育で失われたもの』新潮選書、2005年
学校教育において教えられた「民主主義」も、デモクラシーの本質を削除されたものでした。デモクラシーの本質とは、「国民皆兵がデモクラシーの正当性を基礎付けた」という歴史的事実です。
我々はなぜ、一人一票ずつ投票権を与えられ、国政や地方政治に参加できるのか。納税者だからではありません。納税者であるがゆえに国政に口を出せるのならば、制限選挙か納税額一万円につき一票といったシステムの方が合理的です。
しかし、そうではない。フランス革命によって完成した近代デモクラシー国家において国民軍は不可欠な要素でした。有事になれば、たった一つしかない命を国家に預けて戦う。これが国民国家の基本型です。だから平時にだって国民は平等に国政に口を出す。命の重みに金持ちも貧乏人もありません。それゆえの「一人一票」なのです。
ついでに言うとじゃあなぜ婦人参政権は認められたのでしょう。それは、第一次世界大戦により戦争のあり方が、軍事力勝負から政治経済を含めた国力すべてを費やして戦う「総力戦」に変わったからです。これによって、「銃後」が極めて重要な存在になりました。これが、婦人参政権が認められた最大の根拠です。
戦後教育は、この最も重要な点を隠蔽しました。日本弱体化が目的であったGHQにとって、「民主主義」と「戦争」はどこまでも対立的でなければならなかったのです。(186〜187頁)
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- 2007/12/03(月) 08:49:21|
- 教育
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韓国ではパチンコが禁止されていた
この話全然知りませんでした。わが国では報道されたことがないのでは?
そりゃそうでしょう。TVではパチンコ台のCMが流れっぱなし。アリコの不払い保険かパチンコ台かというくらいよく見かけます。TV局にとってはハゲタカ同様パチンコ業界も莫大な広告料を恵んでくれる大切な顧客ですから、「韓国で禁止された」なんていう恐ろしいニュースを報道できるわけがない。
以前はパチンコなんて卑しく後ろ暗いものだったのに、今はアミューズメントとか言っちゃって何だか楽しげなイメージに、パチンコ関連CMに出演しているタレントもいっぱい。
金儲けさえできれば何をやってもいいという拝金主義的な国に堕落した日本の象徴でもあります。
厳しい人だった叔父は「賤業」ということをよく言っていた。
「卑しい」「畏れ」などは日本人の大切な感性だと思いますが、お金の前には全く顧みられなくなりつつある。国が崩壊するときはこんなものなのか…。
若宮健リポート 2007/07/17 韓国はパチンコを法律で禁止 (引用開始)
6月末に韓国のパチンコを取材したくて韓国へ飛んだ。驚いたことに、昨年暮に韓国ではパチンコが法律で禁止されていた。パチンコ屋はすべて撤去されていて看板も残っていなかった。日本のマスコミは韓国のパチンコ禁止を何故か報道していない。不思議である。
韓国でもパチンコの被害は大きかったと言う。それにしても、政府の判断でパチンコを禁止したのは素晴らしい決断である。日本とは大違いで、日本ではパチンコの被害が益々増えているのに放置されている。
韓国でも、パチンコ絡みの事件が絶えることがなかったと言う。判決が下りた事件を少し紹介してみる。熱くなり易い国民性を持っているので、パチンコの弊害は大きかった。
忠州市に住むチャン容疑者は今年(〇6年)3月4日、同ゲームで1日150万ウオン(日本円15万円)を失ったことに腹を立て、ガソリンを持ってきてゲーム場に火をつけた。チャン容疑者には懲役3年6ヶ月の実刑が宣告された。
果物の露天商を営んでいたチョン容疑者(47)は同ゲームで96万ウオン勝った後、一瞬でそのすべてを失った。腹が立ったチョン容疑者は兇器と工業用のアンモニア水でゲーム場の従業員を脅し「300万ウオン出せ。これをまけば全員死ぬ」と脅迫した。ゲーム場の主人の通報により捕まったチョン容疑者は懲役2年に執行猶予3年が宣告されたる
日雇い労働をしていたカン容疑者は同ゲームで大損をした。そして従業員に「社長と話しがしたい」と言ったが、これを拒否されると、消火器でゲーム2台のモノター(時価300万ウオン相当)を叩き壊し、従業員に暴力を振るった。カン容疑者は罰金200万ウオンの支払いが命じられた。
韓国でも、コンビニよりも多い1万5000軒のパチンコ屋があった。そして、夜通し営業していた。日本円にして3兆6500億円にまで規模が大きくなった。韓国の3兆円は日本の30兆円と変わらないので、規模でも日本と同じ程度に膨らんでいたから、被害も大きくなったようだ。
被害が増大するにつれて、大統領の甥がギャンブル利権で追及されたり、マスコミも盛んにパチンコの被害を取り上げた。まだ日本と比べれば、韓国政府もマスコミも良識を持っていた。パチンコが法律で禁止されたことは素晴らしい決断であった。
パチンコを禁止したら、消費が伸びているという。それは、間違いないだろう。日本もパチンコを禁止すると消費利低迷から脱出できるのに、政府も、経団連も分かっていながら何故かパチンコに触れたがらない。
消費の低迷は特に自動車に影響が大きい。車の販売は30年前の水準まで落ち込んでいる。パチンコで浪費される30兆円は、特に車のような高額商品に影響が大きい。年間30兆円がパチンコで消えている。車が平均一台150万円とした場合、2000万台分がパチンコに浪費されている。車が売れないのも無理はない。
若者の多くは、スロットやパチンコで負けつづけて、車を買うお金がなくなっているのである。学費をつぎ込んだり、給料を丸々つぎ込んだり、スロット依存症が原因で大阪と横浜で母親殺しが2件も発生している。
某テレビ局では、以前「パチンコ依存症」を取り上げて2回も放映した。その後、パチンコ台のメーカーからCMの依頼がきたら、嬉々として応じ、今では夜となく昼となくパチンコ台のCMを垂れ流している。日本のテレビ局は“マツチポンプ”もやるのか、と言いたい。
国を壊しているパチンコ台のCMを垂れ流す日本のテレビ局。キャンペーンを張り、ついにはパチンコ禁止まで政府を追い込んだ韓国のマスコミ。そして、キッパリとパチンコを禁止した韓国政府。
どちらの政府が良識を持っているか、どちらのマスコミが良識を備えているかー言うまでないことである。それにしても、この国は酷い国である。
(引用ここまで)
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- 2007/11/26(月) 20:23:24|
- 韓国・北朝鮮
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パラオ共和国(Republic of Palau)(現地では「ベラウ」と呼称)は、南北およそ640Kmに渡って散在する200以上の島々を統括した国家である。このうち9島のみに人が居住し、残りの島々は無人島である。人口は 20,044人(2006年 太平洋共同体事務局)。人口の7割がパラオ人で、残り大半はフィリピン人で占められ、支那、米国、日本などからの移住民も含まれている。
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パラオが親日国家である事由
国内の言語は、基本的にパラオ語と英語だが、現地の年配の人々には、戦時中に日本語による教育を受けていたために流暢な日本語を話す人が多い。日本語がそのままパラオ語として使われている言葉が非常に多い。たとえば「はい」「扇風機」「大丈夫」「浴衣」「どうぞ」「大統領」等々。
パラオは、第一次世界大戦の戦後処理、そのためのパリ講和会議によって、日本(大日本帝国)の委任統治領になった。
当時の様子は、「コロールには南洋庁の支庁を置かれ、パラオは周辺諸島における統治の中核的な島となり、多くの日本人が移住(最盛期には2万5千人ほどの日本人が居住)した。このため、学校や病院・道路など各種インフラの整備も重点的に行われ、1920年代頃になるとコロールは近代的な町並みへとその姿を変貌させていった。また日本統治の開始にともないドイツ語から日本語による学校教育が先住民に対しても行われるようになった」(Wikpedia)とある。
日本統治の時代は、現地民に愛された時代であった。礼儀正しさと節度、道徳心。他を思いやる心。それらの悉(ことごと)くが、今日の民族性に引き継がれ、反映されている。現地を訪れた研究者によれば、パラオの国定教科書では8パーセント近くを日本統治時代に充てており、「日の丸の旗のもとに」との題名が付けられた章もあるそうだ。
日本の統治時代は、パラオの歴史の中で最も輝かしく、現地の人々の心に残る時代であった。そして、パラオで今も語り継がれる「ペリリュー島の戦闘」があった。
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現地民間人に死者を出さなかった戦い
パラオの南端部にペリリュー島がある。面積は、20平方キロメートルほどの珊瑚礁の島だが、フィリピン防衛のために重要な拠点であった。その島に、昭和19年(1944年)9月、米軍が攻撃を開始。米軍の戦力は圧倒的に勝っていた。日本軍は、守備隊が約1万2000名。だが、米軍が制海権を制空権を握り、15倍近くの兵力を投入。航空機、戦車、重火器のいずれの面でも、100倍、1000倍の軍事力をもって同島の攻撃に臨んだのである。
米軍は「攻撃は2、3日で終了」と予測。退路を断たれた日本軍は、武器と弾薬、食料の補給路は無かった。いよいよ、9月12日に始まった米軍の攻撃。だが、日本軍はこれを持久戦に持ち込み、73日間にわたってペリリュー島を勇敢に守ったのである。10月30日には、攻撃に臨んだ「米軍海兵第1師団を全滅判定(損失60%)に追い込み、陸軍第81師団へ交代する場面も現れた」(Wikipedia)。米軍は日本軍に倍する犠牲者を出したのであった。
しかし、戦闘が終局に達した11月24日。生き残った将兵はわずか60人足らずになっていたという。「ついに司令部陣地の兵力弾薬もほとんど底をついたため、司令部は玉砕を決定、地区隊長中川州男大佐と師団派遣参謀村井権治郎少将、飯田義栄中佐の割腹自決の後、玉砕を伝える「サクラサクラ」の電文が送られ、翌朝にかけて根本甲子郎大尉を中心とした55名の残存兵による「万歳突撃」が行われた」(Wikipedia)。
壮絶で長い戦闘が繰り広げられたにもかかわらず、このペリリュー島の民間人には1人も犠牲者が出なかった。戦局を鑑(かんが)みた司令部の配慮により、すべての島民のパラオ本島他への移住をほぼ完了させていたからである。残った島民も疎開させるため、戦火をかいくぐるように本島へと送り出している。
「毎日新聞」(記載年月日不肖)掲載と伝えられるが、この時の様子を記した「コラム」がネットで紹介されている。「毎日新聞」らしからぬ感動的な「コラム」だが、このような状況が実際に、随所にあったと感じ、小稿に紹介する。
遠い南の島に、日本の歌を歌う老人がいた。
「あそこでみんな死んでいったんだ・・・」
沖に浮かぶ島を指差しながら、老人はつぶやいた。
太平洋戦争のとき、その島には日本軍が進駐し陣地が作られた。
老人は村の若者達と共にその作業に参加した。
日本兵とは仲良くなって、日本の歌を一緒に歌ったりしたという。
やがて戦況は日本に不利となり、
いつ米軍が上陸してもおかしくない状況になった。
仲間達と話し合った彼は代表数人と共に
日本の守備隊長のもとを訪れた。自分達も一緒に戦わせて欲しい、と。
それを聞くなり隊長は激高し叫んだという
「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」
日本人は仲間だと思っていたのに…みせかけだったのか
裏切られた想いで、みな悔し涙を流した…
船に乗って島を去る日 日本兵は誰一人見送りに来ない。
村の若者達は、悄然と船に乗り込んだ。
しかし船が島を離れた瞬間、日本兵全員が浜に走り出てきた。
そして一緒に歌った日本の歌を歌いながら、手を振って彼らを見送った。
先頭には笑顔で手を振るあの隊長が。その瞬間、彼は悟ったという。
あの言葉は、自分達を救うためのものだったのだと・・・。
(以上、引用)
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戦闘が終わったペリリュー島は、米軍の激しい爆撃で変形していた。この珊瑚の島に戻った島民たちは、累々と散らばる日本兵の遺体に涙を流し、日本兵の墓地を作った。この墓地は島民の手によって今も整然と維持され、その英霊の遺徳が讃えられている。
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兵士の遺徳を讃える歌
パラオに1981年に憲法が制定・発布された。この時に「日章旗」を模した国旗とともに、ペリリュー兵士の歌も作られた。ペリリュー兵士とは日本兵を意味している。題して「ペ島の桜を讃える歌」。国のために尊い命をささげ、死しても島民を守り抜いた日本兵士を桜に譬(たと)え、その遺徳への感謝をつづった歌である。
作詞者はオキヤマ・トヨミ氏、ショージ・シゲオ氏。日本人ではなく、現地の人々である。日本を慕って止まない心。それが国民の8割以上が、姓名のいずれかに日本名を名乗る習慣となった。両氏の名前は、その事実を物語っている。
一
激しく弾雨(たま)が降り注ぎ
オレンジ浜を血で染めた
強兵(つわもの)たちはみな散って
ペ島(じま)は総て墓地(はか)となる
ニ
小さな異国のこの島を
死んでも守ると誓いつつ
山なす敵を迎え撃ち
弾(たま)射(う)ち尽くし食糧(しょく)もない
三
将兵(ヘいし)は桜を叫びつつ
これが最期の伝えごと
父母よ祖国よ妻や子よ
別れの桜に意味深し
四
日本の桜は春いちど
見事に咲いて明日(あす)は散る
ペ島(じま)の桜は散り散りに
玉砕(ち)れども勲功(いさお)は永久(とこしえ)に
五
今守備勇士(もののふ)の姿なく
残りし洞窟(じんち)の夢の跡
古いペ島(じま)の習慣で
我等勇士の霊魂(たま)守る
六
平和と自由の尊さを
身を鴻(こな)にしてこの島に
教えて散りし桜花
今では平和が甦る
七
どうぞ再びペリリューヘ
時なし桜花(さくら)の花びらは
椰子の木陰で待ち佗(わび)し
あつい涙がこみあげる
八
戦友遺族の皆さまに
永遠(いついつ)までもかわりなく
必ず我等は待ち望む
桜とともに皆さまを
(以上、詩文引用)
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パラオには桜が無い。だが、現地の人々は、当時未だ見ぬ桜の美しさを日本人の美徳と尊敬し、憧れの念を桜に譬えて慕っている。
つぼみが膨らむ開花前の健気。咲き始める華麗さ。満開の美しさ。そして、いさぎよく散り行く誉れ。
今も珊瑚の島に眠る英霊のご冥福を心よりお祈し、小稿を捧げる。
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【筆者記】
パラオの国旗は、太平洋に浮かぶ月を象(かたちど)っている。なぜ「月」なのか。現地を訪れた研究者(筆者の知人)によれば、太陽(日本)があってこそ「月の輝きがある」との意味が込められているとのことだ。中心から微妙にズレている。これは「同じでは日本に失礼だから」とわざと中心をはずした、との有名なエピソードがある。
パラオの国旗成立の理由(現地 Clickで拡大)
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一部の他国が、捏造をもとにいかに非難しようとも、建国以来、幾多の先人、幾多の英霊がもたらした恩恵によって、日本の今日がある。先人、英霊が自らの命と引き換えに、守り育てた国土に我々は生まれ、生活している。
そして、我々が今守るべきもの、後代に伝えるべきものは何か。その明確なる答えを、先人、英霊は教えている。
by 博士の独り言
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- 2007/11/25(日) 18:12:05|
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副島隆彦です。 以下の記事は、産経新聞の記事です。
産経の中には、アメリカの凶暴なネオコンの手先になって、使いまわされる古森義久(こもりよしひさ)記者や、私を苛(いじ)住田(すみた)社長のようなノータリン(脳足りん)ばかりではなくて、深く愛国ということを考えている、優れた記者たちがたくさんいる。数人とは、私は今も付き合いがあります。
どうやら、以下の記事の通りらしい。私が言うところの、”実質の世界皇帝”である デイヴィッド・ロックフェラー(92歳)本人が、思い余って、自分の財産の中心(スタンダード石油会社以来の、金融部門の旗艦=フラッグ・キャリア・シップ=)である、シティグループを、
倒産=破産から、救ってもらいたくて、日本政府に、泣きつきというか、脅(おど)し売り、というは、強制的に、売りに来たらしいのである。
その代金は、8月からのサブプライム危機で表面化する以前から、ひそかに抱えていた、累積の損失金の分の22兆円(2千億ドル)ぐらいだろう。しかし、本当は、その5倍の100兆円(1兆ドル)前後だろう。これを、日本政府(福田政権)に、無理やり、日本国債を発行させて、それで、損金(欠損金)を肩代わりさせようという腹(はら)だったようだ。「その代わり、シティの株式の50パーセントを日本政府に渡します」というような根回しだったのではないか。
日本側は、福田首相をはじめ、必死で抵抗しただろう。それが、小沢辞任騒動の背景にある本当の駆け引きだっただろう。アメリカの自滅は近いということだ。馬鹿なやつらだ。それに輪をかけて馬鹿は、それでもまだ、「アメリカの言うとおりに何でも言うことを聞かなければ」と、自分たちに言い聞かせ続けている、アメリカの手先と、丁稚(でっち)どもだ。
中曽根康弘、ナベツネ、そして、雑魚のような、言論人どもまで含む。いっしょに自滅して行ってくれ。こちらは、清々する。
アメリカの金融崩壊の打撃の余波を受けて、日本のひどいことになるだろうが、そういうことは、覚悟の上だ。これを、エヌ・レーニンの「革命的祖国敗北主義」戦略と言う。
シティが、浦帳簿や、二重帳簿(ダブル・レジャー)やら、日本語の業界用語で言うところの「飛ばし」(これは、コンティンジェント・アカウント=保証債務、偶発債務)やら、「にぎり」やら、「おまんじゅう」やらで、なんと、第8勘定元帳(かんじょうもとちょう)、第9勘定元帳(the 9th ledger)まで持っていて、そこに、一切合財の大損デリバティブ(サブプライム仕組み債とかも含む)を隠していた。私は、そのことを、10年前に書いた『日本の危機の本質』(講談社、2008年4月刊)からずっと書いてきた。ちがうか。
これから先がまだまだ楽しみだ。世界中の人々を、強欲と拝金の思想の実践で、死ぬほど、苦しめ続けてきた、金融ユダヤ人ども、お前たちが地獄の苦しみを味あう番が来たのだ。お前たちの死ぬほど大好きな「金融商品」が、目のまで破裂して、溶けて流れて、消えてゆく。
副島隆彦拝
(転載貼り付け始め)
「シティ、日本が“国有化”!?アノ人が来日し根回しか」
ZAKZAK 産経新聞 2007/11/19
米国の低所得者向け住宅融資(サブプライムローン)問題で大きな損失をこうむった米シティグループ。その先行きを不安視する市場関係者が増えており、「サブプライム問題は端的にいえば、シティの巨額損失をいかに穴埋めするかということに帰結する」(在米金融機関幹部)とまで言われている。金融界では今、日本の金融機関がシティの支援に乗り出すのではとの観測も出ている。
シティは2007年7〜9月期決算で、サブプライム関連の損失が約65億ドル(約7500億円)発生。さらに11月には、最大110億ドル(約1兆2600億円)もの追加損失が発生する見通しであることを発表、損失は合わせて2兆円規模に達する見込みだ。
こうした状況を受けてシティの株価は急落し、10月初旬まで40ドル台後半で推移していたものが30ドル台半ば近辺まで下げている。
「シティの株価が低迷から抜け出すには時間がかかるだろう。というのも、シティのサブプライム関連の損失は現時点で2兆円規模と見込まれているが、米国の金融関係者の間には、
『実際はその5〜10倍、10兆〜20兆円はあるのではないか』
とみる向きもあるからだ。最終的な損失額はいくらなのか。そのあたりがクリアにならなければ、シティへの不安は払拭(ふっしょく)されないだろう」(在米金融機関幹部)
そんななかで浮上しているのが、日本の金融機関がシティへの資本支援などに乗り出すのではないかという観測である。
引責辞任したチャールズ・プリンス前会長兼CEOの表情が同社の実情を物語る(写真、ロイター、クリックで拡大)
こうした観測が浮上してきた背景の1つが、ロックフェラー財閥のデビッド・ロックフェラー氏(92)が11月上旬に来日したこと。表向きは著書「ロックフェラー回顧録」(新潮社)を10月に出版したことを受けての来日とされるが、額面通りに受け取る金融関係者はいない。
「デ(イ)ビッド・ロックフェラー氏は親日家として知られるが、それでも世界的な財閥の重鎮が本の出版くらいでわざわざ日本まで来たりはしない。シティはロックフェラーとつながりがあるとされている。来日の目的は、シティ支援の感触を確かめることだったのではないかとみる金融関係者は多い」(大手銀幹部)
その支援について、先の在米金融機関幹部が次のように指摘する。
「万が一、シティがサブプライム問題で重大なダメージを被るようなことになれば、信用崩壊から世界恐慌に発展する恐れすらある。最悪の事態を回避するため、米国側が日本にシティ支援を求めることは十分ありえる話だ」
気の早い日本の金融界では、支援策をめぐっていろいろな観測が飛び交っている。 「政府のコントロールが利きやすい『ゆうちょ銀行』などが、シティの優先株を大量に引き受けるのでは」
「りそなホールディングスの“きれいな部分”だけをシティに譲渡するというやり方もある。りそなには約2兆円の公的資金が入っており、日本政府のコントロール下にある」
くしくも、ロックフェラー氏が来日中の11月5日、シティのチャールズ・プリンス会長兼最高経営責任者が巨額損失の責任をとって辞任。後任の会長には、シティグループの経営委員会会長を務めるロバート・ルービン元財務長官が就いた。
「元財務長官のもとで経営を立て直すということは、シティの事実上の“国有化”ともとれる。それほど、シティはダメージを受けているということなのだろう」(在米金融機関幹部)。今後の成り行きが注目される。 ZAKZAK 2007/11/19
(転載貼り付け終わり)
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- 2007/11/21(水) 20:18:18|
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